内田康夫さん死去!と未完「孤道」はどうなるの?【訃報】

 
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内田康夫
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どうも!おはようございます、yasuhiroです。

みなさん、また訃報のニュースが入って来ました。

名探偵・浅見光彦シリーズで知られる人気作家、内田康夫さん(83歳)が2018年3月13日に、敗血症のため東京都内で死去されていました。

葬儀は近親者で営なんだようです。お別れの会は行わず、3月23日~4月23日の間、長野県軽井沢町の浅見光彦記念館に献花台が設けられます。

 

喪主は奥様で作家の早坂真紀(はやさか・まき、本名・内田由美=うちだ・ゆみ)さん。

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人気作家の内田康夫さんってどんな人?

内田康夫

名前:内田康夫(うちだ・やすお)

生年月日:1934年11月15日(2018年3月13日没)83歳

出身地:東京都北区

趣味:囲碁(文壇の中でも1,2の腕前)

職業:推理作家

代表作:名探偵・浅見光彦シリーズ

デビュー作:死者の木霊

東洋大学文学部国文学科中退。日本テレビジョン、一光社でCMアニメの制作スタッフとして働いていた内田康夫さん。

2008年に第2回「文人碁会」で優勝する程の腕前を持っておられました。囲碁が相当好きだったようですね。

 

1980年に第1作『死者の木霊』を翌年1981年には第2作『本因坊殺人事件』を栄光出版社よりそれぞれ自費出版をしています。

この初期の2作のうち『死者の木霊』が朝日新聞の1981年3月8日の朝刊の読書欄にて紹介されるやいなや話題となり、第3作目となる『後鳥羽伝説殺人事件』が1982年、廣済堂より発刊されて商業ベースでのデビュー作となりました。

初期2作品は別の出版社に買い上げられました。その後には、各出版社(集英社角川書店など)が発刊を手がけだします。

作家として軌道に乗った後は「浅見光彦シリーズ」ほか膨大な数の小説を執筆し、軽井沢に居を構え、夫婦で豪華客船の旅に出るなど、悠々自適の生活を送っていました。(羨ましいです)

 

また、軽井沢町発地にある「Tea Salon 軽井沢の芽衣」のオーナーも務めていました。

内田康夫 軽井沢の芽衣 内田康夫 軽井沢芽衣

「浅見光彦シリーズ」について以前記事を書きましたのでよろしければ、読んでみてください。

中村俊介がドラマ浅見光彦シリーズを卒業!理由は?後任は誰に?!

内田康夫 中村俊介

 

2015年7月26日、軽度の脳梗塞が見つかり入院をしています。その際に毎日新聞で連載していた浅見光彦シリーズ作「孤道」は2015年8月12日で終了していました。

この時点では後日に書き下ろしとして刊行する予定でありましたが、2017年3月、以前のような執筆活動が難しくなったという理由により、作家活動を正式に休止(休筆宣言)をしています。

再度筆を握るために療養に励んでいましたが、ここ1カ月ほど容体が悪かったようです。さぞかし、悔しかったでしょうね。

未完となった「孤道」はどうなるの?

 

孤道」については同年5月に連載分を一旦本にまとめて出版しています。が、

物語の結末部分については一般から広く募集をかけ、最優秀作が出た場合は、その作品を「完結編」として刊行する予定で、4月末に締め切りが迫っていました。

結末部分を他の方に任せるのは、内田康夫さんが若い世代にチャンスを与えたのでしょうね。

締め切り後は、奥様で作家の早坂真紀さんが中心となって審査を行うのでしょうか?

または、奥様は一切かかわらず仲の良い作家さん達が集まり、審査を行うのでしょうか?

と私なりに考えたのですが、みなさんはどう思われますか?

まとめ

 

悲しいですが、内田康夫さんが死去されたという事です。まだまだ、浅見光彦シリーズを書いて頂きたかったです。

内田康夫さんの、ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

内田康夫

最後に、「Tea Salon 軽井沢の芽衣」については下をご覧ください。

「Tea Salon 軽井沢の芽衣」

 

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

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